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玩具映画とは

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玩具(おもちゃ)映画とは、手回しのブリキ製のおもちゃ映写機で見る家庭用の映画のこと。壁や襖などに映し、家族団らんで映画を楽しんだ。のちに出現する16mmや8mm、パテ・ベビーと呼ばれた9.5mmなどの小型映画(ホーム・ムービー)ではなく、劇場で上映される35mmフィルムが用いられた。 

 

1907(明治40)年に輸入され、当初はフィルムの両端をつないだ(通称「たすき」と呼ばれた)ループ状のエンドレスの映像で、まさに玩具の映画(玩具フィルム)であった。
大正期に入り、国産の軽便な玩具映写機が出来ると、その映写機を売るために、劇場で上映された映画の一部をサービス品として切り売りされるようになる。当時は、“チャンバラ”と呼ばれた剣戟(けんげき)(時代劇)映画の全盛期。尾上松之助に始まり、阪東妻三郎、大河内伝次郎など剣戟映画スターたちが登場し、時代劇映画の全盛期は昭和の初頭へと続く。1920年代から30年代は、その最盛期であり、日本映画の第一次黄金期を形成していた。

projector.jpg 1930年代に入るとトーキーが出現し、音声のない無声映画は、劇場での上映が終わると興行価値を失い、無用のものとなった。数多くの無声映画の断片が、「玩具映画フィルム」として販売されるようになる。この頃が、玩具映写機や玩具映画の最も普及したと時期である。ライオンやキングなどの玩具会社は、映写機だけでなく、映画フィルムを小さな鉄缶や紙箱に入れ、競うように販売した。そのおかげで、今ではオリジナルの映画が散逸して幻となった貴重な映画作品の一部が残存している。多くが時代劇スターたちのチャンバラ場面の映像だが、“日本のモダニズム”の時代らしく、日本アニメのルーツと位置付けられる国産漫画(アニメーション)映画も数多く作られている。実写映像の中には、“関東大震災”や戦争へ向かう時期でもあり“満州事変”などのニュース映像もある。中には戦後戦犯追及の証拠隠滅のため廃棄された筈の“軍神もの”と呼ばれた戦争英雄映画も含まれている。海外の映画も、ミッキー・マウスやベティ・ブープ、ポパイなどの海外の人気アニメやチャップリン、ロイドなどの無声時代の名作映画の断片も市販されていた。

欧米では、公に劇映画(可燃性のナイトレート・フィルム)が切り売りされることはなく、作品名が判る玩具映画は日本独自のものである。どれも20秒から3分くらいの短い映像であり、作品的な価値はないとしても、玩具映画の映像は、重要な歴史の証言者であり、時代風俗を知る上で貴重な歴史的資料といえる。
 

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